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【TL】秘密のハプニング・ナイト ~初心な彼女は淫らな愛を知る~

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個人レーベル・蜜愛ドルチェからTL小説
秘密のハプニング・ナイト ~初心な彼女は淫らな愛を知る~ 】がKindle限定で配信になりました。

あらすじ========================
女子大生の美沙希は6カ月前、初めての彼氏に浮気されて別れたばかり。自信をなくしていた彼女を勇気づけようと友人が連れて行った先はハプニング・バーだった。美沙希は店の雰囲気に怖気づくが、そこで魅力的な男性・ユウジと知り合う。
紳士的で穏やかな彼は美沙希の不安を優しく解きほぐし、傷ついた心を慰めてくれた。それどころか、いままで一度も感じたことがなかったのに、ユウジに触れられただけで甘い痺れを覚えてしまう。
この大きな手に、体中を触られたらいったいどんな気分なんだろう……。
気づけばあそこが恥ずかしいくらい濡れていた。
「この上はプレイルームだよ。行ってみる?」
予想外とはいえ、せっかく来たんだし一度くらいこういうことを経験するのも悪くないかも。
美沙希は一度限りのひとときを彼と過ごすことに決めるが……。
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穏やか紳士ヤリチン×エロスに興味津々女子大生のお話。

普段の10万字越え作品に比べ、かなりショートです。寝る前、気軽に読めるTL小説を意識しました。
そしてあらすじからもわかるとおり、かなりエロスに寄っています。
個人レーベルから出るTLは今後の予定も含めて全部そんな感じです。お好みに合えば嬉しいです。


カバーイラスト/たぶ様
カバーデザイン/Origa Design様

Kindle限定での配信ですが、Kindle Unlimited対象です。どうぞアンリミで読んでください。

著者フォローすれば通知が行くと思っていたんですが、アダルト指定だからかなんなのか、正常に通知されてないみたいで申し訳ないです。普段使ったことない機能だったので……フォローしてくださった方すみません。マメに告知します。

#TL


以下、試し読み




 初めての彼氏というものはいつだって特別だ、というのが世間の共通認識らしい。少なくとも、わたしの友人たちのあいだでは。
「美沙希《みさき》もそろそろ次に進もうよー」
 そういって花火の刺さったフルーツ山盛りのケーキに迷いなくフォークを突き刺すのは友人の樹理《じゅり》だ。クリームとフルーツがたっぷり載ったスポンジをすくい上げると、その拍子にイチゴが転がり、チョコレートで書かれた『二十歳のお誕生日おめでとう!』という文字の上に落ちた。美沙希はそのイチゴをつまみ上げると口に入れ、そういえばケーキの写真を取り損ねたことに気がついた。
 でも別に構いやしない。美沙希の誕生日は六月だけど、いまは七月。メッセージこそあれどただのケーキだ。
 まあ、とはいえ祝ってくれる気持ちは嬉しいけど。
 樹理は大学に入ってはじめてできた友達だ。学科こそ違うけれど、東京生まれ東京育ちで世間慣れしているので、美沙希が大学進学を機に田舎から一人で上京してきて右も左もわからないことを知ると、しばらくは気にかけてくれ何かと世話を焼いてくれた。美沙希自身は一人っ子だけれど、もし年の近い姉がいたらこんな感じなのかな、なんて思ったりする。
 自立心が旺盛で行動力もある。もしなれるなら、彼女みたいになりたいと密かに思う憧れの女性だ。
「別れてからもう……ええっと、三ヶ月だっけ?」
「おしい、六ヶ月。でも別に落ち込んでるわけじゃないから」
「そうなの? まあでもまじで最低なやつだったし、別れて正解だよ」
 思い出したように樹理が顔をしかめ、小さく舌打ちをした。
 これが彼女を好きな理由だ。他の友達はそろって「一度の浮気くらい許してやればよかったのに」なんて言っていた。元彼が大学内でも有名な爽やか好青年だったからだ。でも〝一度の浮気〟と言ったって一回きりという意味じゃない。他の女とずっと同時進行をしていたという意味で、美沙希には到底そんなこと受け入れられなかった。知ったとたん一気に冷めて、六ヶ月たったいまでも別れたことは後悔していない。
 でも……そうね。やっぱりちょっとはがっかりしたかも。
 漫画や小説や雑誌の記事なんか読むと、セックスはすごく気持ちいいもののように書かれている。だからいつか彼氏ができたとき、その初体験は一生思い出に残るくらい素晴らしいものになるんだろうと期待していた。でも実際はそんなことなかった。最初は気持ちいいなんて感じるまもなくあっさりと終わってしまったし、何回してみてもその感想は変わらなかった。異物が体内に挿し込まれ、擦られて終わる。つまらない。本当に心から、こんな退屈な時間早く過ぎればいいのにと思った。正直言って一人で楽しんだほうがずっと気持ちいい。
 でも友人たちがセックスについて話すときは、まるで違う感想を口にする。つまらないなんてことはなく、美沙希が一度も感じたことのない興奮をほのめかした。美沙希にとって夢物語みたいな気持ちよさが、本当にこの世に存在するみたいに。
 もしかするとわたしは何かおかしいのかもしれない。普通より感じないとか、魅力がないとか、変な形をしているとか。だから彼は他の女に走ったのかも。
 そう思うと、かすかな女としての自信もなくしてしまう。もしまた誰かと付き合っても、同じように何も感じなかったらどうしよう。
「そもそも、あいつセックスも下手くそだったんでしょ? なのに浮気するなんて生意気」
 一度不安になり何気なく相談したために、樹理は美沙希が官能の歓びを覚えないことを知っている。美沙希はあけすけな発言に頬を染めた。
「こ、声が大きいって。それに、もしかすると向こうのせいだけじゃないかもしれないんだし」
「そんなの一人目で決めつけるのは早くない? 相性とかあるし、まだ若いんだからこれから色々試していけばいいんだよ。まさか、あのバカに言われたこと本気にしてないでしょ」
 別れ際、元彼に「マグロのくせに」と言われたことは気にしていないことになっている。でも咄嗟にごまかしきれず、美沙希は口をへの字に曲げて視線を逸らした。樹理が呆れたようにため息をつく。
「だめだよ、そんなんじゃアイツの思うつぼじゃん。いまからでも電話して『アンタが下手くそだったから動く気になれなかったんだろ』って言ってやろうか?」
「ちょっと勘弁してよ……」
「でも冗談抜きで、気持ちよかったら自然と動きたくなるって。そんな心配することないよ」
 友達の気遣わしげな励ましに慰められる。美沙希が笑顔で返すと、気を取り直したように樹理が明るい声を出した。
「バカな浮気野郎のことなんか忘れてさ、今日はとことん楽しもうよ」
 樹理は白ワインの入ったグラスを掲げてにっこりと笑った。
 二十歳になってまだ一ヶ月でお酒の味もよくわからない美沙希とは違い、四月生まれの樹理はすでに自分の好みを熟知している。
「あたし、あんたを元気づけるとっておきのプランを考えてきたから」
「プランって? このケーキじゃないの?」
「そんなわけないじゃん。これからが本番。じゃじゃーん。誕生日プレゼント!」
 にやっと笑ってバッグから取り出したのは黒いクラフト紙でできた少し大きめの封筒だった。少し厚みがあるものが入っているのか、奇妙な膨らみがある。
「ありがとう! 開けてみてもいい?」
「いいよ。でもここじゃまずいかも。トイレに行ってそれに着替えてきて。それから本番のお祝い先に行くから」
「着替える? 服なの?」
 それにしてはかなり薄いけど。こんな薄い封筒のなかに入る服なんてどんなものだろう。キャミソールとかスカーフとか、靴下?
 樹理は「いいから、早く早く!」とレストランの化粧室に美沙希を追い立てた。
 いったい何なんだろう?
 訝りながらも化粧室に向かう美沙希はさっきまでの鬱鬱とした気分を忘れ、その胸は期待に膨らんでいた。こんな気持ちは久しぶりのことだ。
 樹理は行動力があって楽しむことに関しては人一倍経験豊富なエキスパートだ。流行にも敏感で、そんな彼女のとっておきのプランなんて絶対面白いに決まってる。いったいどんなところに連れて行ってくれるんだろう。最先端のクラブやすごくお洒落なバーかな。東京に出てきて一年半になるけれど、まだその手の施設には勇気がなくて一度も足を踏み入れたことがなかった。
 自然と口元が緩むのを堪えきれず、これから何が起こるんだろうとにやにやしながら女子トイレの個室に入った。

   ***

 樹理が連れてきたのは六本木にある人目につかない雑居ビルの地下にあるお店だった。
 ビルの前には目立った看板もなく、敷石でできた急勾配の階段を下りた先にあるドアを照らすのは小さな白熱灯ひとつ。本当にやっているのかあやしいほど営業中という感じがしない。
「樹理、ここよく来るの?」
「たまにね」
 ふうん。
 何気ない素振りを装っても、彼女から三十分ほど前に渡された〝誕生日プレゼント〟は着実に美沙希の身体に変化をもたらしていた。
 まったく、こんなものプレゼントするなんてどんな神経してるの?
 そう思いながらも、馬鹿正直に言われたとおり身につけている自分も自分だ。慣れないアルコールで頭がどうかしちゃったのかも。でも封筒の中身を見たときは、まるで未知なる世界への扉を前にしたようでちょっとドキドキした。こんなものを身につけて平然と街中を歩くなんて、ものすごい変態にでもなったような気分。実際、たぶん、いまのわたしは間違いなく変態なんだろうけど。こんなことを他の友達に知られたら、恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
 樹理は慣れた様子で階段を下りて、重そうなスチール製のドアの横にあるブザーを鳴らした。その上にはごくごく小さな黒いプレートがついていて、赤い繊細なフォントで〈{arcana|アルカナ}〉と書いてある。たしかラテン語で秘密とか神秘とかって意味だった気がするけど、いまはそれどころじゃなかった。
 ううう……階段なんていまのわたしには拷問だわ。
 意識がそこに向かわないように、週明け提出する予定のレポートのことなど考えながらもたもた階段を下りると、まもなくドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
 黒いシャツを着た若い男が出てきてなかに誘う。樹理が先に会員カードを見せる。美沙希はやけに厳重な年齢確認をされたあと、ちょっと意味がわからない注意事項を説明されて新しい会員カードが渡された。入口にあったプレートに似た赤と黒のデザインだ。会員制のバーなんてはじめて。階段を下りる苦労も忘れて、ちょっと大人になった気分に浮き立った。
 スタッフはその後、奥にあるロッカールームに案内した。どうやら店内はスマホ厳禁らしく、バッグや靴を鍵付きのロッカーに預けてようやくメインフロアの店内に入る。
 入口の質素な感じからは想像もできないほど店内は広かった。全体的に薄暗い室内はワインレッドと黒と金で統一されている。床はワインレッドのカーペットが敷き詰められ、あちこちにある革張りのソファや壁を覆うように掛けられたベルベットのカーテンもすべて赤く、天井だけが黒い。奥には階段があって、上の階にも何かあるようだった。大きめのバーカウンターは艶やかな黒御影石が使われていて、所々に金細工があしらわれている。スピーカーからは音量の絞られたアップテンポのジャズが流れていて、なんとなく高級なバーという感じだ。週末だから客入りもそれなりにあって、広いフロアは混雑していた。でも、心なしか普通のバーとは違う気がする。
 比較できるほど経験はないのではっきりしたことはわからない。さっきの妙な注意事項のせいかもしれないけど、店内に漂う雰囲気がちょっとばかり……。
「ねえ、ここって普通のバー?」
 カウンターで店員に飲み物を注文しているあいだにヒソヒソ訊ねると、樹理はあっけらかんと首を振った。
「ううん、ハプニング・バー」
「ハプ……?」
 ぎょっとすると、樹理はいたずらが成功した子供みたいにニヤッと笑った。きっとわざといまのいままで黙っていたんだろう。先に言えばきっと美沙希が行くことを拒むとわかっているから。
「だって普通のバーなんて連れて行ってもつまらないでしょ。せっかくならこういうところでちょっと楽しんでみるのもいいかなって思ってさ。ここなら、気軽に試せるでしょ?」
 たしかにさっき「色々試していけばいい」と言われたけれど、こんな極端な場所で試す覚悟なんかできてない。
 美沙希はあらためて店内を見まわし、赤と黒で覆われたアダルトな雰囲気漂うフロアに思いっきり怖じ気づいた。
「で、でも、わたしこういうところはちょっと……危なくないの?」
「大丈夫、大丈夫。さっき言われたでしょ。こういうとこは女の意思が最優先だから突然襲われたりはしないって! 気分じゃなかったらしなくてもいいしさ、まあちょっとだけ付き合ってよ。本当に無理って思ったら先に帰ってもいいから」
 そのときちょうど頼んでいたマティーニが二つ出てきた。美沙希が反論するまもなく、樹理は自分の分のグラスを受け取ると「誕生日おめでとう! 二十歳を楽しんで」と美沙希のお尻を軽く叩き、フロアにいた顔見知りらしき人たちに混ざってしまった。美沙希はカウンターに一人取り残され、ぽかんとしてしまう。
 先に帰ってもいいから、なんて言うけどそんなことできるわけがない。いや、たとえいますぐに美沙希が店を出ても樹理は気にしないだろう。そういう子だ。でもたとえ普通のバーであってもお酒を飲んだ女友達を一人残して帰るなんて美沙希にはできない。それがよりにもよってハプニング・バーだなんて……。
 あまり詳しくないけど、名前だけは聞いたことがある。ハプニングと名がついてるだけあって、なんとなく不特定の相手とエッチなことが起こるお店、くらいのイメージだ。危ない気がするけれど、樹理を含めて店内にいる女性たちには警戒した素振りもなければ全身からエッチがしたいですと言わんばかりの雰囲気もない。男性も同じく落ち着き払っていて、仕事帰りなのかスーツ姿の人も多くいた。ここがハプニング・バーと知らなければ、ただ男性の比率が多いだけの普通のバーに見えただろう。
 しかし冷静に店内を見まわせば、あちこちでキスをしている男女がいた。なかにはセックスこそしていないものの、目を覆いたくなるほど熱烈に絡み合っている二人もいてぎょっとする。
 うわ、すごい。そんなこと人前でやっていいの?
 いまにも事が始まってしまいそう。映画やドラマで見るようなつくりものじゃない、リアルで生々しい男女の絡み合い。見ていると呼吸があがり、ちょっとばかり意識が削がれていた〝誕生日プレゼント〟がムズムズと存在を主張し始めた。
 ううう……。いまになって、店に来る前にこれに着替えさせた理由がわかった。こうなることがわかってたんだ。
 一見するとごく普通の男女が、おそらくは今日初めてここで知り合ったんだろう二人が、薄暗いとはいえ人前で堂々と唇を重ね、舌を絡めている。男の手は服の上から女の豊満な胸を揉みしだき、彼女は腰を悩ましくくねらせる。他人のプライベートをのぞき見ているような不思議な光景に、美沙希は妙にドキドキした。見てはいけないものを見ているような気がして、なのに目が離せない。背徳感が美沙希の心拍数をあげ、熱くなった割れ目がじわっと濡れる。
「こういうところははじめてですか?」
 急に声をかけられて飛び上がる。見ればカウンターのひとつ椅子を挟んだ隣の席に座っている男性が、面白そうにこちらを見ていた。
 まるで芸能人みたい。
 それが彼を見た率直な感想だった。歳は二十代前半か半ばくらいだろうか。綺麗な目元に長いまつげ、凜々しい眉にまっすぐ伸びた鼻梁、いたずらっ子みたいに弧を描いた形のいい唇。骨格はしっかりして彫りが深く、少し長めの黒髪はゆるくウェーブが入っていて、軽く片側だけ後ろに流している。黒っぽいジャケットに白いカットソーと黒のチノパンで、シンプルなのにサイズ感が絶妙でものすごく様になっている。彼の美しい顔を最大限引き立てるため、特別にあつらえた服みたい。それに身につけているシルバーの腕時計もなんとなく高そう。
 いままで接したことがない品のよさそうな大人の男性に突然話しかけられて、美沙希は固まった。
 他の人たちのキスを食い入るように盗み見ているところを、よりにもよってこんなカッコいい人に見られていたなんて――ボッと首から上がのぼせたように熱くなる。恥ずかしい。顔から火が出そうだ。
「あはは、すみません。驚かせちゃいましたか」
 彼はにこやかに笑った。まるで春の日だまりのようなあたたかく柔らかな笑顔だ。美沙希の顔が別の意味で赤く染まる。
「いえ、あの……すみません」
「お隣、いいですか?」
 美沙希はコクコクと頷いた。こういう場面で断る言葉も知らなければ断る理由もなかったからだ。それに正直なところ、こんな素敵な人がここにいるなんてちょっと意外にも思った。
 だってここはハプニング・バーなのに。美沙希のなかのイメージがひっくり返る。
 彼はものすごく優雅な仕草で席をひとつ移動した。飲みかけのグラスには琥珀色の液体が指一本分くらい残っている。
 椅子の距離は近く、隣に来ると自然と肩が軽くぶつかった。そのとき、ふわっとバラの匂いが鼻をついた――アルカナ・ロザ。去年のクリスマス、彼氏に香水をプレゼントしたくて色々な店を回ったとき、買おうかどうか悩んだにおいだ。結局予算にあわず別のものにしたけれど、いまはそれでよかったと思う。あの香水はあんなろくでなしの浮気男なんかじゃなくて、こういう大人っぽい男性にこそふさわしい匂いだ。スモーキーなのに甘くて、でもそれだけじゃない。濃厚なバラと鼻に残るウッディで神秘的な香りは、彼のような不思議な雰囲気の人によく似合っている。偶然か意図的か、店名と同じ秘密の名前を持つ匂いをまとった男性。
「いい匂いですね」
 自分が好きだと感じた香水をつけていることが嬉しくて、つい口を滑らせる。すぐにハッとした。
 いまの、なんだか変態っぽく聞こえたんじゃない?
「あっ、違うんです。その……その香水買おうか迷ったことがあって」
「ああ」
 一瞬きょとんとした彼はふっと笑った。
「あなたにも似合うと思いますよ」
「いえ、そんな」
 わたしにはちょっと大人っぽすぎる。
 スラッとした小柄な美女の樹理と違って美沙希は童顔だし体つきも平凡だ。骨盤が広くお尻なんかは大きなほうで、現代で一般的に美しいと言われるスリムな体型とはほど遠い。元彼にもしょっちゅう「もっと痩せろよ」とからかわれていて、お尻の大きさは密かなコンプレックスだったりする。だからいつも長めのスカートで隠していた。今日は淡い花柄でピンクのミディ丈のフレアスカート。それにアイボリーのブラウスを合わせてきた。
 それから、いまはプラスして樹理からの〝誕生日プレゼント〟。
 うーん。意識するとさらに身体が熱くなってくる。
 こんな素敵な人と話していながら、実はこっそりあんなものを身につけているなんて、ちょっと変態ちっくかも。
 言わなきゃバレっこないのに、彼に見つめられているとなんとなく落ち着かなくて、つい視線を漂わせた。
「こ、ここにはよく来るんですか?」
「週一くらいです。今日は一人で?」
「いえ、その……」
 返事に悩んで、フロアの一角にいる樹理に視線を向ける。
 彼女の好みは年上男性で、いまもスーツ姿の男性と楽しそうに話していた。さっき話しかけにいった相手とは別人のようだ。どんな相手にも物怖じせず、いつでも自然体で堂々としている姿にはいつも感心させられる。
 わたしにもあれくらい度胸があればいいのに。
 彼は「ああ」と納得したように頷いた。
「無理矢理連れてこられた?」
 くすっと笑う。
 もう、なんでそんなチャーミングな笑いかたができるの?
 また顔が熱くなる。胸がドキドキして、つられて情けない笑みを浮かべそうになり、美沙希は思わず唇を噛んだ。樹理のようになるにはまだまだ時間が必要みたい。
「そんな感じに見えました?」
「っていうか、途方に暮れてる感じかな。そんなビクビクしなくても平気ですよ。多分、思ってるより怖いところじゃないから」
「こういうところに詳しいんですか?」
「うーん……それなりに?」
 冗談めかして笑うけれど、多分ものすごく経験豊富なんだろう。彼の笑顔からはそんな余裕が垣間見えた。
「なんだか意外です。こういうところに来なくても、彼女なんか簡単にできそうなのに」
 率直な感想に、彼は声を上げて笑った。笑うと八重歯が見えてちょっとだけ幼く見える。なんだか可愛いかも。
「それは褒め言葉? うーん。俺の場合、彼女は求めてないから」
「そうなんですか?」
「まあ、ここにくる単独はそういう人が多いんじゃないかな」
「ふうん」
 なんだかちょっと勿体ない気もする。だってこんなにカッコいいんだから、彼女になりたいと思う女性はいくらでもいそうだ。それどころか、一夜でもいいから相手をしてほしいと思っている女性だってたくさんいる気がする。
 もしかすると女に不自由しないからこそ、決まった相手をつくることにメリットを感じないタイプの人なのかもしれない。見たところ二十代であることは間違いないし、まだまだ遊びたい盛りだろう。それほど急いで伴侶を探す必要もないのかも。結婚願望がない人なんて最近では特に珍しいことじゃない。
 気づけば彼の口調は気安いものになっているけれど、それもまったく気にならなかった。年上なのは間違いないし、そうでなくとも穏やかな口調なので偉そうには聞こえず、なんとなく打ち解けられた気がして嬉しい。
「きみは? 彼氏を探してるの?」
「ううん……いまは特に」
 恋愛はしばらくこりごりだ。勉強もアルバイトもあるからいまは時間がいくらあっても足りないし、彼氏がいなくても毎日充実している。
「そう? 意外だな。学校でもモテるだろう」
「そんなことないですけど……」
 多分、まだわたしに恋愛は早いんだと思う。元彼とだって、初めて告白されたことに浮かれて付き合っただけで、好きだったかと聞かれればちょっと自信がない。でもそのうち、いつか誰かに本気で恋をする。いまはそれまでの練習期間だ。中学、高校と陸上部でマラソンをしていた美沙希は、何事も上達の鍵は反覆練習が重要と信じていた。きっと恋愛やセックスにも当てはまるはず。
 樹理の言うとおり、一人目で自分には向いていないと決めつけるには早すぎる。美沙希はもしも本当に現実にも官能があるのならそれを知りたかった。できれば、誰かに恋する前に。もし次に誰かと付き合うことがあるなら、それは心から好きになった人と決めているからだ。好きになった相手と身体を重ねても、前みたいに何も感じられないなんて悲しすぎる。
 ……って、あれ?
「学校に通ってるってどうして……」
 彼は不思議そうに眉を吊り上げた。
「だってそのくらいの年齢だろう? 違った?」
「いえ、そうです。おいくつですか?」
「内緒」
「ええ」
 戸惑う美沙希に、彼はミステリアスな笑顔を浮かべる。
「ここではみんな名前や職業は聞いたり話したりしないんだ。そういう暗黙のルールがあるんだよ。だからきみも他の誰かに聞かれても上手くはぐらかすこと。いいね?」
「なるほど……でも、それだとちょっと困りません?」
「あんまり。むしろ知らないままのほうが幸せってこともたくさんあると思うし」
「たとえば?」
「たとえば、ここで出会ったのがロミオとジュリエットだったら、身元を知らないままのほうが幸せだろう?」
 ふうむ、たしかに。
 現代版ロミオとジュリエットなら、敵対する競合会社の社員同士なんかがそれに当てはまったりするんだろうか。わたしの所属している大学に敵対している存在はないはずだけど、言いたいことはわかる。きっとここは、現実のしがらみをすべて捨てて純粋に人と人とが楽しむための場所なんだろう。
「でも、それじゃあ何を話すんですか?」
「そうだなあ。人によるけど……前は彼氏いたんだろう? どうして別れたの?」
 名前や職業は話さないのに、そんな個人的なことは聞くの?
 美沙希は一瞬悩んだけれど、そこまで慎重になる必要もないのかも、という考えに至った。何を話そうと結局この場限りの相手なのだから、浮気されたなんて不名誉な事実を告げて相手がどう思おうと気にすることない。
 別れた経緯を簡単に話すと、男性は驚いたように眉を上げた。
「へえ。それじゃあ浮気を問い詰めたら向こうが開き直ったのか」
「そうなんです。それで、なら別れましょって。他の友達には〝一度の過ちくらいでなんだ〟って言われたけど」
「いや、周りは関係ないよ。きみが受け入れられないなら受け入れなくていいんだ」
「そうですよね」
 思いがけず賛同を得られて前のめりになる。とたんに甘い苦痛を感じて、美沙希は小さく唇を噛んだ。
「どうしたの?」
「あ、いえ……」
 考えてみればおかしな話だ。
 元彼と触れ合っていたときはこんなふうに感じたことなど一度もなかったのに、ちょっとしたものを身につけただけで、一人で勝手に気持ちよくなれるのだから。
 認めたくはないけど、元彼が他の女性に走ったのも無理はないのかも。だって付き合ってるときはあんなに体中ベタベタ触られたのに、ほんのちょっとも気持ちいいとは思えなかったんだから。
「もしかしてわたしって不感症なのかも」
 それも、他人からだけ感じない不感症。この先一生自分で自分を慰めるしかないのかも。それも悪くはないけど。
 彼から漂う不思議な話しやすさにつられたのか、それとも慣れないアルコールに酔ったのか、ついポロッと本音がこぼれ出る。彼はわずかに目を見開き、おかしそうに笑った。
「なんで。相手に浮気されたからそんなふうに思うの? 極端だなあ。たとえきみがどうでも浮気した彼氏が一番悪いと思うけど。不満があるなら別れて他の女性と付き合えばよかっただろ?」
「うーん、たしかに」
「ね? きみが自分を責めることないよ。それにいまは不安でも、いろんな人と接するうちにそのうち感じられるようになるさ」
 樹理にも似たようなことを言われたばかりだ。マグロなんて言われたことは気にしないで、色々試していけばいい。
 ああ、もう、いい加減あんな最低男のことで自分を責めるのはやめなさいよ。そんなんだから友達が心配してこんなところに連れてくるんでしょ。そもそもこんなこと、初対面の人相手にする話じゃない。
「すみません。変なこと言って」
 話しやすさにつられてつい恋愛相談をしてしまった。申し訳なさを覚えていると、ふと手の平を差し出された。
「じゃあ、ほら」
「え?」
「試しにさ、握ってみるだけ。簡単だろ」
 ちらっと彼を見ても、嫌な感じはしない。邪な考えは一切なく、〝ただ試しに触れてみればいい〟みたいな雰囲気だ。でも……。
「手を握るだけで何かわかります?」
「率直に言えばキスがいちばんわかるよ。でも手にもたくさん神経は集まってるから、肌と肌の触れ合いが気持ちいいかそうでないかくらいははっきりすると思うな」
 本当に?
 半信半疑ながらも、その魅力的な微笑みに促され、美沙希はおずおずと大きな手のひらに自分の手を重ねた。
 温かい。触れ合った瞬間、びりっと甘い痺れが波紋のように全身に広がっていく。
 ぞわぞわして落ち着かないのに、不思議と心地よくて触れていたい。妙な心地にびっくりしていると、ほっそりとした指が美沙希の手の甲を撫でた。愛撫されるような優しいタッチ。まるで心臓を撫でられたように胸が震え、心拍数があがる。全身の産毛が目を覚ましたように立ち上がり、下腹部の敏感な粒がぴくんと跳ねた。
 ああ、やだ。どうしよう。なんなのこれ。
 手を重ねただけなのに、心臓がうるさいくらいドキドキしている。濃厚なバラの匂いが絡みつくように肺を満たしてクラクラした。情けない声を出さないようにするので精一杯だ。
 彼はクックッと低く笑った。
「不感症って反応じゃないけど」
「た、たまたまです」
「たまたま、ね」
 まるで全部お見通し、みたいに余裕の笑みを浮かべられ、何も言えなくなってしまう。視線を彷徨わせると、カウンターの上に置かれた繋いだ二人の手が見えた。美沙希の手を易々と包み込む大きな手と長い指。節くれ立って、ほっそりしていて、いかにも男の人の綺麗な手って感じ。
 この大きな手に、体中を触られたらいったいどんな気分なんだろう。頬に触れたら、首を撫でられたら、乳首をくすぐられたら、それから――。
 ぐず、と割れ目に食い込む存在が、興奮をさらに募らせた。あそこが恥ずかしいくらい濡れているのがわかる。あまりにも大きな渇望が、下腹をドクドクと脈打たせた。
 やだ、何考えてるの。
 初対面の人相手にこんなこと考えてしまうなんて、もしかしたら欲求不満なのかも。もしくは、この妖しいバーの雰囲気にやられているとか。
 あわてて妙な想像を追い払い、繋いだ手から顔を背けるように店内に視線を向ける。そのとき、樹理がさっき話していたスーツの男性と奥にある階段に向かうのが見えた。
 えっ? どこにいくの?
 樹理はこちらの視線に気づくと、にやにやした笑みを浮かべて跳ねるように二階に消えていった。
 嘘でしょ。一人取り残された。
 予想外の事態にぽかんとしていると、男性が教えてくれる。
「この上はプレイルームだよ」
「プレイルームって」
 何をするところ? そう聞こうとしてハッとした。
 ばかね。ここはハプニング・バーなんだから〝プレイ〟と言ったらすることは一つじゃないの。
 じゃあ、樹理は上の部屋で、これからさっき一緒にいたスーツの人と……?
 あまり褒められたものではない下卑た想像が頭をよぎり、思わずごくりとつばを飲み込む。
 顔を真っ赤にさせ、うつむいてしまう美沙希に彼がそっと顔を寄せた。
「行ってみる?」
 低いささやき声はダークチョコレートのように甘く、かぐわしく、美沙希の理性をドロドロに溶かした。こんなに全身に淡い熱を放つ声を、美沙希はいまだかつて聞いたことがない。
 見れば、品のいい彼の瞳にはどこか隠しきれない劣情がちらついていた。その表情にどきりとする。
 言葉の意味はわかる。多分、間違えていないだろう。
 二人で、樹理たちと同じようにプレイルームに行こう――彼はそう誘っている。
 まさか。
 これまでの美沙希なら、そう答えてそのまま店を飛び出していたかもしれない。でも繋いだ手の心地よさや、妖しく大人っぽい店内の雰囲気に刺激され、美沙希は柄にもなく大胆な気分になっていた。
 数時間前から飲み始めたアルコールが少しずつ理性を崩し、〝誕生日プレゼント〟はいまや最大限に効果を発揮している。予想外とはいえ、せっかく来たんだし一度くらいこういうことを経験するのも悪くないかも。樹理も彼も言っていた。〝試してみればいい〟。それがこんなにハンサムな男性相手なら言うことなしだ。
「いいわ」
 返事はひどく小さく、かすれていた。口から心臓が飛び出しそう。
 それでも彼の耳に届くには充分で、すぐに翳りを帯びた綺麗な瞳が優しく微笑んだ。


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